土に還る家。| いま、ここにあるもの #148


Ver.1.0.0



– いま、ここにあるもの。ここにある想い。-



2019/08/01 TAKEHARA / HIROSHIMA / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi







– 昭和以前の家を直せる自分で –



 ある時、昭和以前の家を直せる自分で人生を終わりたい、と唐突に思いました。それ以来、その想いは少しずつ大きくなってきています。その時に刻まれた想いなのか、元々刻まれていた想いなのかはわかりませんが。自分の中では、その区切りは50歳です。47歳を迎えた今は、ゆるりとしたグラデーションの中にいる感覚です。次の立春を迎える頃には何か、取っ掛かりの切り口が見えているといいな。


来春、もしくは再来春を目安に始めるバンライフのこともあるので、二拠点生活をしつつ車で移動しながら、どのように昭和以前の家の営繕に関わるのか、それも考える必要があります。ゲストハウスを転々としていた頃に耳にした、旅をしながらの建築集団のように暮らすのか、竹原に滞在する日数を延ばして、竹原を拠点に活動するのか。もしくは別の方法を模索するか、何かを手放すか。




昨年末の話になりますが、そんな想いもあってか唐突に、写真家、そして建築家を名乗ろうと思いました。とは言っても、自ら名乗るつもりはなく、訊かれたらではありますが。中学生から携わってきた建築の世界ですが、旅する暮らしを始めてから長らく離れているのもあり、大工や建築家と名乗るには壁がありまして。それにそもそも、七つ道具だけで家が造れるほど大工の経験を積んだわけではありませんし。


けれども、携わった年数が建築よりも少なく、更には自分の中でコミットできていなかった写真の方が、そう名乗ることへの壁を作っていたようです。「 写真を撮っているのであれば写真家でいいじゃないですか。」 何年も前にとある写真家さんから言ってもらった言葉が、時を超えて背中を押してくれました。名乗ってしまえばこっちのもので、あとは胸を張ってそのように生きていくだけです。





2023/07/24 BEPPU / OITA / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi




– いつかの日か土に還る家 –



 大工の世界に戻れたとしても、僕がファシリテーターであり、目の前の人や自分の人生を促すことに変わりはありません。家族と愉快に、時にぶつかり合いながら日々を過ごし、それぞれがきちんと自分と向かい合いながら自分を生きる。くだらないことで笑い、くだらないことで喧嘩して、一緒に美味しいご飯を食べて。そのための舞台を造ること、それが家づくりを担う人たちの役目だと僕は思うのです。


技術を高めることにおいては、今からでは簡単ではないこともあると思います。それでも、旅をしながら日本や東・東南アジアの暮らしに触れてきた日々は、確実に力になってくれると信じています。その中でも変わらなかった自分の想いや、改めて大切にしたいことなど、家づくりに携わっていた頃の自分がうまく言葉にもできず、もどかしく思ってきたことを今だと実現できそうなので。




そんな自分が携わりたいのは、いつかの日か土に還る家です。家に限らず、それが自分の、すべてにおいての基本となるもののひとつです。願わくば僕自身も土に還りたい、そう思うのです。家も家具も、器も服も。それが自然なのだと、個人的には考えています。かといって、そうなりにくい物にも感謝しています。色んなことが解明、開発されて、僕らの暮らしはとても便利なものとなりました。


そんな便利さのおかげで実感したことの一つに、不便さの中に暮らしの基本が含まれている、ということです。以前、大工の技術について考えたことが、その気づきを得たきっかけなのですが、僕は父に大工のことを習いました。僕が現場に入った頃には機械を使って木を刻み、造作していくことが基本でした。まだ、プレカットは主流ではありませんでしたが、七つ道具の出番は少なくなっていました。


けれども、父の修行時代は違います。父が10代の頃は、僕が修行に入った頃よりも断然、七つ道具を使うことが基本の家づくりでした。そこから段々と機械を使う割合が増えたのです。電気も機械もない状態で家を造るというのは、とても大変なことだと思います。その分、家を造るということの本質に触れる機会はたくさんあったのでしょう。それは大きな違いとして、今の世に現れているのだと思います。





2023/07/24 BEPPU / OITA / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi




– 建物の延命を –



 僕が建築の世界に戻り、扱うのは既存建物の再生でもあります。言い換えるならば、建物の延命といいますか。可能であれば、住み手主導で再生が行われ、専門的な知識や技術が必要な部分を手伝う、という形態が望ましいです。そんな住み手に協力しながら、最低でも10〜20年ほど、建物の命を延ばすことを行っていけると嬉しいです。新築は、そこに使命を感じている人たちにお任せするとして。


可能な限り、資材はその地域の物を使えると嬉しいです。古材も含めて。食べる物などと同じく、可能な限り地産地消で、命を全うしてもらえるように。これも僕にとって、すべてにおいての基本となるもののひとつです。自分が居る場所の水や、土地の養分や波動で育ったものを取り入れること。そのために学ぶ必要があることもたくさんありますし、ご縁も必要になってくるのだと思います。




僕は、たまたま大工の家に生まれた結果、中学二年生の時に現場に出るようになりました。六代目というプレッシャーを両親から与えられることはなかったですが、早いうちから建築の世界に関わることになりました。親戚からはよく言われていましたが。何より、家を造ること自体は好きでした。それから旅する暮らしを始めた35歳までの間の21年間で、僕の中に建築という世界が前提となっていたのです。


例えば、建築の視点でまちや物事を眺めるように、家づくりに絡めて物事を眺める習性があります。やはり、そこに自分のルーツがあるのでしょう。先日、ある陶芸家さんの話を聴いていた時に、ランドスケープという言葉が出てきて。建築の世界でよく出てくるこの言葉は、景観という意味です。こんな風に、業種を超えて使われるのだなと思うと、自分の中から何かが溢れ出たような気がしました。


そんなきっかけがいくつも重なって、僕の中から想いが溢れ出たのかもしれません。何にせよ、今の自分に何が出来るのかは未知数です。それでも、昭和以前の家を直せる自分で人生を終わりたい、という想いがあることは確かなのです。そんな想いをカタチにしつつ、僕自身や誰かの人生を促す手段の一つとして、建築の世界でまたひとつひとつ、積み重ねていくことにします。




おわり




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