門出。| 歩く速さで #050 – 2026.02.26



Ver.1.0.0



– 現在地からの、友への便り。-






– 門出 –


雨水 二〇二六年二月一九日〜三月四日




 変わらず元気にしていますか?僕は大阪府三島郡からこの便りを書いています。一昨日、久しぶりに盛岡を旅立ちました。盛岡に戻ったのは四月の終わりだったので、約十ヶ月ほど岩手で過ごしていたことになります。十四年目の旅する暮らしの中では最長の、同じ場所での時間です。その分、旅立つことに億劫な自分もいました。だからこそ自分にとって、そして妻や三男にとっても新たな門出となりました。


そういえば、盛岡を旅立った後のバスの中で、もう旅はできないのかも、と思っていた自分がいたことを思い出しまして。これまでどうやって移動手段を得ていたのか、思い出せないのです。わかるのはただ、周りに助けられてきたということ。出発予定日の直前に連絡があり、移動費を振り込んでもらえたことが何度も。再現性のない奇跡的なことを運よく続けることができていた、ということでしょうか。


今いる三島郡には、昨年亡くなった友人によく連れて行ってもらったお店でひとり、献杯をしようと立ち寄りました。島本駅から懐かしい景色の中を歩き、水無瀬駅へ。献杯をする前には周辺を少し歩き、これまた友人が好きだったお隣の本屋さんに行きました。読んでみたいと書き留めていた本がいくつもあり、自分に合う本屋さんにすでに出逢わせてもらっていたことを理解したのです。ありがたいことですね。


*


 つい先日、人生の土台を司どる土星が三十年ぶりに牡羊座に戻ったようで、勝手に新たな始まりを実感しています。太陽が最後の星座である魚座にいて、この一年の集大成であり、そして新しいサイクルを迎えるための浄化の時期でもあるようです。しかも今回は始まりの星座である牡羊座の、0度という始まりのタイミングで海王星を並んだらしく、これまでをリセットした新たな始まりと言われていました。


そのおかげで、三十年前の自分を思い出したのですが、1996年は高校を卒業し、家業に就いた年です。社会に出るという晴れやかな気持ちと、周りの友人はほぼ進学した状態で、周りとの違いに何ともいえない感覚を抱いていました。何より、自己嫌悪や自己否定の盛りだったと思います。それと、自分で定めた二十歳まで生きられないという思い込みの、その期限に近づいた頃でした。


三十年前をふり返ってみて思うのは、自分と仲直りするための三十年だった、ということです。自己嫌悪や自己否定、そして劣等感に苛まれた自分に対し、できない自分も責める自分も許して仲直りをしていく日々でした。若かりし頃の自分は、自分との関わりもままならず、他者との関わりも得意ではないくせに、たまたま手にした、他者を受け止める、人に合わせる、などの処世術で満点を取ろうとするのです。


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 うまくできなければ自分を否定し、自分なりに厳しく生きてきました。いや、違いますね。正確には、責めることを無意識下の目的として日々を過ごしていたのかもしれません。責めること、否定すること以外では自分にとても甘いのです。その結果が三十年前の自己嫌悪や自己否定の盛りでした。今ではわかりますが、自分が大好きだからこその自己嫌悪です。期待しすぎて責めまくる、自分の場合はそうでした。


少しでも理想から外れれば否定し、うまくいったら調子に乗る、そんな日々でした。別にそれが悪いというわけではありません。ある意味、若者らしかったのかもしれませんね。けれども、自己を嫌うことも否定することも、可能であれば無くてよいものだと思います。東南アジアの自己肯定の割合が激高な人たちを見て、すごいなぁと何度も思ったことを今でも強く覚えています。


単に自分の場合は、必要な体験だったということですが。日本の中では僕以外にも、必要な体験として自己否定や自己嫌悪を人生に組み込んでいる人がたくさんいるように思います。自己否定や自己嫌悪から自分と仲直りし、そして自己実現してゆく、そんな流れを体験したいという魂が集まってきているのでしょうか。何にせよ、願わくばこの先の社会では、自分を尊重できる環境が広がるといいなと思っています。


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 それと最近は、自分は納得できるかどうかを、とてもとても大切にしているのだなと、改めて思うことがありました。前向きに言えば、ではありますが。例えば、どんなに周りが賞賛したとしても、自分が納得していなければ継続できないたちなので。ここが最高に不器用です。近年では、納得できていない自分をどうにか頭で納得させながら動き続け、見事にその反動を食らってしまいました。


本当に、社会に沿えない人間なのだと思います。厳密には、資本主義から生まれた現金崇拝の社会でしょうか。現金がないと生きていけない部分も多いので、とても大切な存在なのですが、崇拝はなんか違うよなと思っています。個人的には、大切な仲間として現金と共に生きていけるといいなと思うのです。そんな時代は近づいているのだと思うのですが、ここからどう切り替わっていくのでしょうか。


信者が多ければ多いほど、その文字通り儲かるのでしょうね。そうやって群れている姿を見ると怖くなります。相互依存とは違ったその姿に。けれども、今の自分の状態では何の説得力もなく、やはり現金をたくさん持っている人の方が選択肢は多いし、強いのです。その土俵では。そんな社会もまた、個人的には納得いきません。そんな風に選択肢も力もある人たちが経世済民に力を注がない社会に対して。


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 さてさて。南に移動したことで一気に春を感じる要素が増えました。久しぶりのフェリーでの時間に、フェリーに乗りたかった自分も喜んでいます。こんなタイミングで今年も、春を迎える旅が始まりました。竹原の家に戻れば今年も、裏庭の梅の花が見られるのでしょうか。その梅は、中学卒業時にもらった梅の苗を植えたものです。もうあれから三十三年の月日が経ちました。


現金という仲間を増やすことはまだ上手くはいっていませんが、新たな門出ということもあり、まだまだここからです。次の満月を迎える頃には何か、見えているものがあると嬉しいな。今回の蝕の季節は割と穏やかではありますが、とはいえきっと、自分の中で何か深い部分を見つめる機会があったはずなので。まずは無事に竹原まで辿り着くことです。またここから、電車に揺られて西に向かいます。


何にせよこの先、よりたくさんのありがとうを巡らせることができると嬉しいです。まだ手をつけられていない手紙もその一つです。なかなか筆が進まなくて、頭の中で延々と文章を考えながら日々を過ごしてきました。その結果がこの「 歩く速さで 」であり、最近では本当に少しずつ、SNSで便りを送れるようにはなりました。本当にまだまだここからです。今の自分にできることを積み重ねてみます。




二〇二六年二月二六日

小林 豊





2026/02/13 MORIOKA / IWATE / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi




2026/02/24 on the bus / IWATE / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi




2026/02/26 MISHIMA / OSAKA / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi






おわり




” 「 歩く速さで 」では、小林豊の現在地から届ける友人への便り、として言葉を綴っています。二十四節気の暦に沿ってお届けできたらと。そんな便りの中で僕の、日々の些細な出来事を通じた気づきを貴方に共有させてください。それが結果的に、互いが生きる日々にとって、より佳きものになれば幸いです。”




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