– 現在地からの、友への便り。-
– 49回目の春 –
啓蟄 二〇二六年三月五日〜三月十九日
変わらず元気にしていますか?僕は竹原からこの便りを書いています。竹原の家に戻ってから早くも十五日。帰ってすぐは暖かかったのですが、今は寒の戻りかとても寒くて。特に朝が冷えます。日中でも腕が冷える感覚のある日もあり、ある意味盛岡よりも寒い思いをしています。自分の部屋の暖房器具がこたつのみなのが原因ではありますが。とにかくとにかく、陽の光のありがたさを実感しています。
竹原に戻った時、裏庭の梅の花が少しだけ咲いていました。よかった、間に合った、と思ったのですが、実はもう散った後だったようで。盛岡から南下してきた自分の肌感覚との違いに苦笑いしました。とはいえ、それはそれで、間に合ってよかったです。今年も眺めることができたので。それに加えて、少し山手の方で咲く白や桃色の梅の花を眺めることもできました。この前は、数輪咲いた桜も見かけましたし。
ほぼ一年ぶりの竹原なので、少しずつ暮らし方を思い出しながら今日まで過ごしています。最初に少し掃除をして、少しずつ手を加えながら整えて。竹原の家の自分の部屋では、まるで操縦席のように、こたつ周辺に作業や生活の要素を集めていて、常にそこに座りながら過ごしてきました。そうやって日を重ねれば重ねるほどに、手を加えたいことも増えてゆきます。ただその前に、大掃除が必要ではありますね。
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竹原に帰ってすぐの頃、高校の同級生とお好み焼きを食べに行きました。一年ぶりに食べる熱々のお好み焼きと、瓶からコップに注いだビールを堪能することができまして。しかも食後には、防波堤に座って海を眺めながらビールを呑むという、夢のようなことも。先週末には親戚のにいちゃん達の法事にも参列させてもらい、今は竹原に居ない親戚たちとも再会する機会を得ることができました。
ファシリテーション仲間からは、新居にお邪魔して小二のお子と留守番しつつ昼ごはんを作る、というミッションをもらいました。友人と下の子が帰ってきた後には、前回逢った時からの時間を埋めるように話をしつつ、ここでも昼からお酒をいただきました。今回の滞在では、見事に昼呑み化できています。ヒルノムマガジンごっこを夢見る身としては、とてもありがたいです。こちらでも早寝は続いていますし。
最近では、天気のいい日は夕方に一、二時間ほど散歩をしていて、歩く速さで町を眺めています。つい先日、駅前の方に向かった時には、馴染みの酒屋さんやクリーニング屋さんで立ち話をしながら最近の町の様子を聴かせてもらいました。その夜には、たまにお手伝いをしていた居酒屋へも顔を出すことができて嬉しかったです。あらゆる時間に懐かしさが溢れていますし、元気そうな姿を見れて何よりです。
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それと今回、盛岡での習慣と同じように、竹原でも図書館で本を借りてみました。これまでも覗きには行っていたのですが、竹原で借りるのは久しぶりで。案の定、図書カードの期限が切れていたので更新してもらって。最近のお気に入りである西村佳哲さんの「 自分をいかして生きる 」があったのでそれと、シブヤ大学の前学長の「 働かないひと。」を借りて帰りました。何となく、新鮮な気分です。
図書館で本を探している中で、文庫版を手に入れて移動中に読んでいた、宮大工の西岡常一さんたちの本も見かけました。本の状態から察すれば、僕が竹原だけで過ごしていた頃から図書館にあってくれたようです。けれども自分は読むことを選ばなくて。ただ、あの頃の自分が読んでいなくてよかったな、とも思います。先に書いた西村さんの本も同じく、そう思う自分がいます。
いずれにしても、自分なりの体験を重ねた後に読んだのが、自分にとってはよかったのだと思えます。もともと、事前情報はあまり頭に入らない方ですが、つい読んでしまえば、より頭でっかちになっていた可能性が高いです。それはそれで必要な体験はできるのでしょうけれど。また別の、学びを得るための痛みを得ていた自信がありますね。何にせよ、今読んでいるのが自分にとっての最適だと思っています。
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タイミングを信頼すること。それは今も昔も変わりません。歳を重ねた分、今の方がより信頼できているのかも。起こるべきことが、起こるべきタイミングで起こる。しかも一瞬早からず、一瞬遅からず。それは出来事も出逢いも同じで。人事を尽くすことは必要かもしれませんが、目の前の状況をコントロールできるという傲慢さは手放した方がよいですね。予想は手放して、状況を愉しめる自分でありたいです。
今はもっぱら、竹原を出発する日に向けて路銀を稼ぐべく、お金を現物化、もしくは現金化するための手段を模索する日々です。ちなみに、ここでいうお金とは、言葉、物品、行為、ご縁、応援、現金の六種類を指しています。錬金術や魔法のようなものではなく、日常の中で僕らが自然と行ってきたことの中に必ずヒントがあるのだと思うのです。特別なものではなく、人が生きていくうえでの簡単で大切な要素に。
そのための方法はすでに知っている、という感覚があります。自分が知っているとすれば、まずは与えること。贈与を、できれば無条件に巡らせることです。けれどもそれだけではこの一年、受け取ることは叶いませんでした。何かが足りないのでしょうか。加えるとしたら、きちんと伝えることとか。可能な限り事前に。もしくは受け取ることを邪魔している重石や思い込みを自分の中から取り除くとか。
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さてさて。この後は広島市内、山口で息子や友人たちと再会して、できれば松山、別府、豊後高田、博多、久留米、柳川、有田に行けたらと思っています。このすべてにとなると、時間が足りなくなるかもしれませんが、時間の許す限り旅を続けることができれば嬉しいです。次に盛岡に戻る時にも寄りたいまちがいくつかありますし。遅くても、GWの移動が始まる前には盛岡の家に戻りたいのです。
それに向けて、路銀をどう稼ぐのか。以前、アニメ「 葬送のフリーレン 」で、次のまちに着いたら仕事を探さないといけませんね、と話している時がありました。自分もあんな風に、訪ねた先のまちで何らかの依頼をこなし、報酬を得ることができるといいなと思います。冒険者でありたいとは思いませんが、アニメや漫画やゲームのように、依頼を取りまとめるギルドのようなものがあってくれると嬉しいですね。
ないものをどうこう言っても仕方ないのですが、依頼をこなして路銀を得る、というのは実行できそうなので、そんな路線からも行動を起こしてみるとよさそうです。実際、そうやって旅を続けてきた部分もありますし。それに、自分の生業である対話の時間の依頼主を募ることも。何にしても、困っている人探しをするのは嫌なので、言い換えつつ必要としている人に届ける手段を模索してゆきます。
二〇二六年三月十二日

2026/03/03 TAKEHARA / HIROSHIMA / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi

2026/03/05 TAKEHARA / HIROSHIMA / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi

2026/03/10 TAKEHARA / HIROSHIMA / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi
おわり
” 「 歩く速さで 」では、小林豊の現在地から届ける友人への便り、として言葉を綴っています。二十四節気の暦に沿ってお届けできたらと。そんな便りの中で僕の、日々の些細な出来事を通じた気づきを貴方に共有させてください。それが結果的に、互いが生きる日々にとって、より佳きものになれば幸いです。”
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これまでもこれからも
心がおどる、たのしい日々を。
最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。
– 自分らしく、しあわせに生きること –
COBAKEN LIFESTYELE LABO

1977年、広島生まれ。ファシリテーター。広島県竹原市と岩手県盛岡市の二拠点生活+旅。スキナコトヲ スキナトキニ スキナトコロデ、とういう生き方。ファシリテーターとして促すのは、目の前の相手の人生。
詳しいプロフィール ⇒ cobaken.net/profile


