はじまりの場所。【1枚の写真とひとつの物語 】#5




一枚の写真から綴られる、ひとつの旅の物語。


画像の説明


2012 年 9 月 20 日、広島空港から予定通り旅立った 11:35発 ANA 461 便、B767 の機体は那覇空港へと向けて飛んでいった。当時、研修を受けるために東京や大阪に行ったり、地元である広島県竹原市のまちづくりの活動のために出張をすることはあったのだが、友人に逢いに行き、その街で1週間も過ごすのは20才頃に高松に行った以来、ひさしぶりのこと。しかもその後、そのまま東京に向かうという、今までに体験したことのない行動が続いたタイミングでもあった。


それが成し得たきっかけを挙げるとしたら、9 月 11 日に広島市内で開催した「 ファインディングジョー 」の上映会があると思われる。会場は、広島市中区、本通商店街から少し南に下ったところにある、市立袋町小学校と併設の広島市まちづくり交流プラザ6階にあるマルチメディアスタジオ。席数は 100 席ちょっとのとてもキレイな箱。

広島市民ではなく竹原市民である私が広島市内で上映会を開催しようと思ったきっかけは、7月に行われた同映画の上映会にたまたま参加して、それを観たその日に、自分の大切な友人たちに観て欲しい、と思い、開催を決定した。そこには、今まで私が人から教えてもらった、とても大切なことが凝縮されていて、それを観てもらうことできっと、友人たちにとってとてもいい学びの機会になると思ったから。


特に観てもらいたい友人の休みの日に合わせて、火曜日の夜に開催することを決めると、図らずも 9/11 に開催することになった。日程が決まったあとは、その友人を含め5人の友人に上映会を開催する、ということを話し、私はほぼ何もしないまま、ほぼ満席となる予約をもらい、当日を迎えた。

当日までで計4回ほど、この「 ファインディングジョー 」を観て、そして当日で5回を観る。私の中に1番残った言葉は、「 勇気がある人というのは、やるべきとわかっていることをやる人 」そのままの表現かどうか、今となってはうろ覚えだが、ものすごく背中を押してもらった言葉でもある。


当時の私は、ノマドワーカー、を目指していて、遊牧民のように移動しながら仕事をする、場所を選ばないライフスタイルを確立したくて、収入にはならない、むしろ持ち出しの多い出張にどうにかこぎつけては飛ぶ、そんなそんな生活を意識してはじめた年でもあった。

初めて海外に行ってみた年でもあり、2012 年という年は私のとって、今まで目にしたことのない世界をたくさん見る機会があった、そんな年なのだ。そんな年に開催した上映会のあとのご褒美的な存在として、那覇に住んでいる友人を訪ねる、ただそれだけのことではあったのだが、結果としてはこの時の那覇での生活から、今の旅人生活がはじまったのだった。


那覇空港に到着し空港の中を歩いていると、確か窓際にハイビスカスがあった記憶がある。それと少し独特の空港の建物を見て私は、沖縄に来た、ということを最初に実感した。そして 60L の大きなオレンジ色のスーツケースを受けとり、到着ロビーに出る。まだ沖縄では夏が終わっておらず、たくさんの観光客と、たくさんの出迎えがところせましと並んでいたのだが、私には一切関係ないのでするっと通り抜けて、2階からモノレールの駅に向かった。

那覇のモノレールは改札が他のものと違っていて、切符に記載されている QR コードを改札機にかざして改札内に入る。そして向かって右側にあるエスカレーターでホーム階に上がり、モノレールに乗り込んだ。2両編成のモノレールには、まだそんなにたくさんの人が乗っていなくて、シートに座って窓から外の景色を眺めてみた。何となく、4月に行ったばかりのタイと同じものを感じる部分がある。何となくではあるが、そんなことを思いながら私はモノレールの出発を待った。


モノレールに揺られながら那覇の街を眺める。だんだんと建物が高くなってきて、街の中心地に近づいて来たようだ。ビルが目の前にある、そんな感覚のするモノレールの街中の駅、見栄橋で降り、私は生まれて初めて那覇の街を歩いた。手には大きなスーツケースを、それに手持ちのカバンを載せて引っぱり歩いた。国際通り方面に向けてほんの少しだけ下った道、沖映大通りを歩く。途中には、大きな本屋さんがあり、いい味を出しているローカルなお店もあり、少しずつ那覇の町並みを感じさせてくれた。

国際通りとの交差点の信号待ちで立ち止まる。暑い。広島もまだ、日中の暑さが残っている時期ではあったが、ここまで陽射しが強いとは。信号が青になり、周辺の人が一斉に渡りはじめた。ここにきて、人が一気に増えた感じがする。私はそのまま真っすぐ、市場本通りの商店街に入る。両サイドには観光客向けのお店が並んでいて、とても元気なイメージ。そしてそのまま、市場中央通りを歩いて第一牧志公設市場を外から眺めた。この中もまた楽しそう。


国際通りから商店街に入ったら反対側、1度道路に出てアーケードが無くなる通りがある。それが浮島通りで、商店街から出て右に曲がって道なりに進むと、国際通りにまた戻るという、国際通りから斜めに延びた道だ。商店街からその浮島通りに出て右に曲がって歩くと、右手にある郵便局の集積所の向こうの洋服屋さんの向こう、ライオンズマンションの大きな建物のはす向かいに、ゲストハウス柏屋、がある。

入り口は建物の奥側にあって、右手にバイクや自転車が並ぶ横を歩いて透明なガラスがはめられた入り口の扉を手前に引いた。入ってすぐの左手にはピアノが置いてあり、奥には不揃いのソファーやテーブル並ぶ。右手には小さな階段があって、どうやら中二階にも席があるらしい。そういえば、柏屋食堂、と書いた看板が置いてあるのを見かけた。1番奥のカウンターの向こうには厨房らしきものもあるし、ここは食堂だ。


ピアノの裏側にある階段を大きなスーツケースを抱えて上がる。上がるとその先にはキッチンがあって、奥に扉がある。そこがスタッフルームで、まずはそこに行ってチェックインをしてみた。初めて泊まるゲストハウスというものに戸惑いつつ、でもこの不思議な空間に対してワクワクしつつ、私は何ともいえない感覚で自分の名前を宿帳に記入した。そして宿代を払い、ドミトリールームに案内される。

途中、右手に畳の部屋があって、そこではゲストたちが、ゆんたく、するらしい。沖縄の言葉で、おしゃべり、という意味。今では、ゆんたく、という言葉は聞き慣れてきたが、初めて来て初めて聴いた言葉で、よく意味が分からなかった。左手にはテレビ、その下には本棚があって、マンガや本がたくさん置いてあり、その向こうには洗面台があった。


そしてその奥にある、男性用のドミトリールームに入る。私のベッドは入って真正面の下の段。造り付けの2段ベッドでカーテンがついている。中には布団の近くに物が置けるスペースもあり、電源もある。ベッドの下半分は荷物を入れるスペースになっていて、私の大きなスーツケースも中に入れることができた。そして荷物を置いて3階のシャワールームとトイレ、屋上の洗濯機の案内をしてもらう。

3階から屋上にのぼる階段の上には、オレンジの羽の大きな扇風機がつけられていて、一生懸命暑い空気を動かしてくれていた。その向こうの開けっ放しにしてあるドアの向こうからは光が入ってきていて。その光に向かって階段を上がっていく。屋上に出ると日陰はなく、陽射しがそのまま私に照りつける。時折、風が吹いてきて、ほんの少しだけ、暑さでだらっとなった心を穏やかにしてくれた。


屋上にある洗濯機の案内を聴き終えて、スタッフのナオトくんと一緒に2階に戻ったのだが、私はすぐにまた屋上に上がった。まだまだ暑い時間で、その時はそんなに長くは座っていることはできなかったのだが、ベンチに腰掛けて何となく空を見上げる。チェックインしたら公設市場のあたりを歩いてみようと思っていたのだが、そんなことも忘れて空を見上げる。

特に何か、何か思いながら空を見上げていたわけではなかった。ただ、ぼぅっと、空を眺めていたかったらしい。暑かったから時間にしたらとても短い時間だったのだが、私としてはとても長い時間に感じた。まるでそれまで押さえていたものが私の身体のかなから飛び出していったかのように。




今こうしてふり返ると、あの時、ここにたどり着いてからはじまったような、そんな気がしてならない。もう3年以上も前のことなので本当にそうかどうかは自分でもわからないが、ここ、ゲストハウス柏屋が、今の旅人生活において、はじまりの場所、であることは間違いないようだ。




おわり




    


僕はこの5年で 1,500 泊以上、旅をしながら暮らすことに時間を費やしました。

その体験は唯一無二のもので、そこから得た大切なことを活かした僕との旅や対話の時間は、自分を生きることを望んでいる人にとって、とても価値があります。

そんな僕との対話の時間を通じて、自分を整えたり、自分と仲直りしたり、自分の未来を描いてください。

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1977生まれの旅人。2012年9月から旅する暮らしを始めました。拠点は広島と岩手で、年の8割以上は日本かアジアのどこか。旅先で対話することを仕事にして生きています。詳しいプロフィール ⇒ 

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