カツカレーそば。【1枚の写真とひとつの物語 】#006


Ver.1.0.1



一枚の写真から綴られる、ひとつの旅の物語。


画像の説明


カツカレーそば。僕が盛岡に立ち寄ると必ず食べるもの。このカツカレーそばを初めて食べたのは、2014年の3月の半ば過ぎ頃。僕にとって初めての盛岡でした。


その前々日、青森に居る僕に、「 こばけんさん、盛岡に寄れないですか? 」と、東京の友人から急にメッセージが届きました。それで僕は、仙台に向かう前にひと晩だけ、盛岡のまちに降り立つことになったのです。彼とはその1週間前に那覇空港で偶然再開していて、自分のことが頭に浮かびやすかったのかもしれません。

そして初めて盛岡のまちへ降り立ちました。盛岡で僕を迎えてくれたのは、連絡をくれた友人ではなく、彼の友人。しかもその方は、その時に初めてお逢いした方でした。SNSで拝見したことがあるだけの、初めましての方で、びっくりドンキーの一号店として有名なベルで待ち合わせました。その時に、さらにふたりの方を紹介してくれまして。

そのうちのひとりである沼田雅充さんは、フキデチョウ文庫というデイケア施設を運営されています。そこは、まちの図書館を併設した、とても特殊でとてもステキな空間でした。利用者さんやスタッフのみなさんで賑わうだけでなく、まちの人たちも自由にこの場所を活用しています。屋根のある公園、沼田さんはフキデチョウ文庫のことをそう呼んでいました。


せっかくなので翌日、仙台に向かう前にフキデチョウ文庫にお邪魔しました。スマホの地図を見ながら辿り着き、趣のある街並みの中に急に現れた白い建物の前に立つと、木と透明なガラスの入口の引き戸の向こうには、木と白い壁に包まれたやわらかい空間が見えていて。中に入ると、外から想像していたよりもさらに、やさしい雰囲気が奥に向かって広がっていました。

僕が、地元である広島県竹原市につくりたい空間のモデルとなる、ここフキデチョウ文庫のあり方は、これから先、自分がカタチにしていきたいことをより具体的にイメージするために出逢うべき場所だった、と今では思うのです。そして、ここに集ってくる人たちとの出逢いがまた、僕の人生をより明確なものにしてくれました。




そのあと、沼田さんと一緒にごはんを食べに行くことになった時、「 何が食べたいですか?わんこそば食べますか? 」問われ、質問を返してしまいました。


「 わんこそば、って普段食べますか? 」


当時から、暮らしの中にあるなんでもない日常、というテーマで旅をしていた僕は、普段の暮らしの中でで食べるもの以外に興味がなくて。


そうすると、「 食べないですね。お客さんが来た時くらいです。」と返答が。


「 じゃあ、普段食べるものが良いです。」
「 わかりました。だったら、カツカレーそば、食べましょう。」


そして車に乗り込み向かったのが、直利庵 ( ちょくりあん )、というそば屋さん。駐車場に車を停めて、駐車場の道路向かいにあるお店の、向かって左側にある引き違いの格子戸をガラガラと開くと、1階のスペースは他のお客さんでいっぱいでした。1度外に出て、今度は右側にある引き違いの格子戸をガラガラと開くと、そこから靴を脱いで2階へと案内されました。

こちらは椀子そばを食べる時に入る方の入口みたいです。座敷に腰掛けて、座卓の上にあるメニューに目を向けました。そこに「 カツカレーそば 」の文字があ理ました。着物を来たお姉さんにそれを2つ注文して、僕は心が踊る、そんな気持ちでカツカレーそばの登場を待ったのです。


とうとう目の前に表れたカツカレーそば。そばの器にたっぷりと餡がかったカレーとそばの汁が注がれていて、その中に大きく切られたネギとトンカツが浮いている。この下にそばが入っているのかどうか、それはこの時点では何の確証もなかった。とはいっても、そんな疑う気持ちもなかったのだけれど。

「 いただきます 」と手を合わせ、そしてゆっくりと箸を割った。キレイに割れた箸を汁の中に差し込む前に、まずはレンゲで汁を啜ってみる。餡がかったカレー味の汁はとても熱く、喉を刺激しながら流れていく。この感覚がたまらないのか、僕は何度も汁を啜っていた。そして箸を汁の中に差し込んで、まずはそばを掬い上げてみた。そばはきちんと、箸の間にあった。

そこからは、そばとトンカツを食べていく。当時の僕は今よりもたくさん食べていたのだけれど、汁の熱さもあって、減るようで減らない。食べている中でどんどん、額や鼻の頭から汗が流れてくる。この時期でこれなのに、夏に食べるとどうなるのだろうか。そんなことを妄想しながら、僕はついに、カツカレーそばを食べ終えた。お腹の中も、胸の中も熱い。




今では、フキデチョウ文庫から直利庵までは歩いていく。フキデチョウ文庫を出て肴町の商店街の入り口側、私の憩いの場となっている Nanak ( ななっく ) の前を通って盛岡バスセンターのある交差点へ。歩いてきたまま、そこをまっすぐ渡ってから右に曲がり、デイリーのある角を左に曲がると直利庵が見える。

初めてフキデチョウ文庫を訪れた以来、僕は4月と9月に盛岡を訪れた。そしてその度にこの、カツカレーそばを食べた。このカツカレーそばは、僕にとって盛岡を表すもののひとつとなった。だからカツカレーそばは、僕が盛岡に立ち寄ると必ず食べるものなのでもある。




実はつい先日、仙台で過ごしていた時、「 冬将軍 」という言葉にものすごく怖れを抱いた僕がいた。その理由は、このまま仙台で過ごしていて寝床を確保できる実感がなかったから。その時、数日前に届いていた沼田さんからのメールを思い出した。「 よし、盛岡に向かおう。」そう思った矢先、沼田さんに連絡している自分がいた。

沼田さんは二つ返事で了承してくれた。あとは仙台から盛岡に移動するための手段を交換してもらうだけ。運よく、バス代を交換してくれる人が現れたので、僕は晴れて盛岡に移動することが出来ることになった。そしてその時、妙な安心感に包まれていた僕がいた。


僕は、フキデチョウ文庫という空間、フキデチョウ文庫というコミュニティが大好きみたい。ここで過ごしているうちにたくさんの人に出逢い、ここを拠点として盛岡のまちを歩き、自分の中にある程度の地図が出来た。やはり旅は人だと思う。人との出逢いが旅を決める。人との出逢いが思い出も未来も決める。




盛岡バスセンターに到着したらそのまま、Nanak の道路向かいの道を大通りの方向に歩いて、セブイレブンのある角を右に曲がった。そこには見慣れた景色があって、その向こうに見える盛岡不動尊の赤い山門の向かいにフキデチョウ文庫がある。

今回、フキデチョウ文庫に到着してすぐ、沼田さんとスタッフさんと3人で、晩ごはんを食べに出ることになった。荷物を置いて外に出て、歩きながら3人で行き先について話をする。


「 何か食べたいものないですか? 」
「 カレーか、そばか、定食が食べたいです。」


最初は別の店に行こうとしたのだが、結果、直利庵に行くことになり、また Nanak の前を歩いてお店に向かった。まだ盛岡もそんなに寒くはなくて、少し安心した。何より、着いて早々、カツカレーそばが食べられるのが嬉しい。例え、昼ごはんがカレーだったとしても。


やはり美味しかった。それに、自分が盛岡にいることを実感できた。沼田さんとカツカレーそば、僕にとってこれ以上に、盛岡を感じられる組み合わせがあるだろうか。

この日の夜はまだ暖かい方ではあったけれど、広島生まれ、広島育ちの私としては寒さを感じる夜だった。けれども、直利庵からフキデチョウ文庫までの帰り道、僕はマフラーを首に巻いて、ジャンバーは手にかけたまま歩いて帰った。カツカレーそばで温まった身体に、冷たい空気がとても心地よくて。そんなふうに僕らは、身も心も満足した状態でフキデチョウ文庫に戻っていった。




おわり




    




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