台所で呑む人。| 標 #003 – 2026.01.31



Ver.1.0.0





– 台所で呑む人 –


 お酒を呑みつつ、対話をしつつ、音楽を流しつつ、晩ごはんの準備をするのが好きだ。盛岡の家でいえば妻の迎えがない平日の夜はそれが可能で、思い出した時にはそうする自分がいる。思い出すというのは、最近はそんなにお酒を呑まないから。だから呑むことに気が向けば思い出すし、気が向かない時は頭にも浮かばないのだろう。脳とは都合がよく便利なものだ。例えば旅先で誰かの家に泊めてもらう時、可能であれば晩ごはんの準備を手伝いながら、もしくはそれを見守りながら、傍に置いたビールや酒を呑みつつ対話をする時間がとても愉しい。そこには暮らしが凝縮していて、しかも自分らが生きるために必要なものを準備している、とても重要な時間。そんな時間だから余計に、興味が湧いたことに対して素朴に、自ずと問いが発動してしまう。問いは頭で考えるのではなく、自然と浮かんでくるものがいい。これも個人の好みだが。そうなりやすい環境は、問いという種を蒔くという役割を担う自分にとって、とても心地がいい。別府でいつもお世話になっている旅館では、女将が自分たちの晩ごはんを厨房で準備する間、女将が好きな金麦を呑みながら対話をする。近年の別府への滞在期間は一週間から二週間ほど。その間の日課に近いのかも。洗い物など、何か簡単なことを手伝うことはあるけれど、自分は酒を呑みながら話をする役で。自分にとってはここでの時間が、晩ごはんの準備呑みの中で最も印象深い。その時間の中で、女将を訪ねてひっきりなしに人が現れることもあれば、静かに語ることもある。思い返せば、厨房にいるだけでたくさんの人と出逢ってきた。それもまた面白い。厨房の中だけど、まるで旅をしているような。旅をしているという点では家でも誰かの家の台所でも同じく。そもそも対話は旅でもある。とにかく自分はそんな時間が好きなのだ。それ以上でもなく、それ以下でもなく。そんな愉しい時間が家でも旅先でも増えますように。




おわり




” 「 標 」では、小林豊という人間の輪郭を形成する標 ( しるべ ) として、ふと言葉になった想いを素朴に、そして素直に自由に書き記していきます。いつの日かその目印がつながり、自分の輪郭を示してくれるのを心待ちにしながら。”




よかったら、こちらの投稿もどうぞ。

疑惑。| 標 #002 – 2026.01.25

食べるの選び方。| 暮らすように旅をする #005




    




[ お知らせ ]

◻︎ 暮らしている場所の予定、などを更新しました。| お知らせ – 2026.02.02
◻︎ 贈与、もしくは交換してもらえると嬉しいこと。| お知らせ – 2026.01.29
◻︎ 2025-2026 応援・支援募集のお知らせ。| お知らせ – 2025.08.23


[ ここ1ヶ月の人気の投稿 TOP5 ]

No.1 – 夫婦とは、どうあるべきなのか。| いま、ここにあるもの #104
No.2 – 疑惑。| 標 #002 – 2026.01.25
No.3 – 「 また出逢える日まで 」| 旅路 #018
No.4 – ブレーキを携える。| 歩く速さで #047 – 2026.01.12
No.5 – 言葉の通り。| 標 #001 – 2026.01.21





スキナトキニ
スキナコトヲ
スキナトコロデ

これまでもこれからも
心がおどる、たのしい日々を。




最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。



BLOG TOPへ

– 自分らしく、しあわせに生きること –
COBAKEN LIFESTYELE LABO

TOPページへ