来る春。| 歩く速さで #049 – 2026.02.11



Ver.1.0.0



– 現在地からの、友への便り。-






– 来る春 –


立春 二〇二六年二月四日〜二月一八日




 変わらず元気にしていますか?僕はそのまま、盛岡で過ごしています。今年も無事に立春を迎えることができました。自分にとって、一年の始まりを一番実感するのは立春なので、いよいよ始まったのだなと。この一年もよろしくお願いします。加えて、今年は少し早めに開幕戦があり、サンフレのある日々も始まりました。週末や平日の夜には試合が入るので、暮らし方にも変化が生まれることになります。


先日の選挙は自民党の大勝となりましたね。このタイミングで大きな組織が票を得ることになるのか、というのが率直な感想です。21世紀も四半世紀を過ぎ、そろそろ新世紀らしい動きが生まれてもいいのにと思っていたのですが、まだまだ20世紀の影響が強いのですかね。大きなものが支配しようとしてもどうにもならない、そんな ” うねり ” がここから生まれてくるのでしょうか。外からか、内からか。


僕としては、政治が経世済民を目的として行われ、そのために粘り強く対話を重ねられる人がそれぞれの代表として集い、国内外でまた粘り強く対話しながら活動してもらえるのであれば何でもいいです。議論や討論しかできない、しかも権力構造の上の方の、支配することしか頭にない人たちに決められた政策ではうまくはいかないと思うので。そのためには僕ら一個人も変わってゆく必要がありますね。


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 来週には盛岡を出発して、竹原に戻ろうと思っています。経路は、福島、東京、長野など経由して、一週間ほどかけて竹原に戻るのが一番の望みです。ただ、久しぶりにフェリーに乗りたい自分もいます。そうなれば仙台から名古屋の航路でのんびり過ごしながら移動して、残りは鈍行で途中下車しながらかなと。あとは、東京からはサンライズで一気に、眠りながら西に向かうのもいいですね。


昨年の旅立ちに比べると断然、前を向きながら自分のままで過ごせているとは思います。けれども、今の自分の生き方で、必要としている移動手段やカメラを受け取る、もしくは交換してもらえるところまでには至れていません。どちらにせよ、移動することはすでに決まった未来です。もともと簡単なことではありませんが、それにしても以前に比べて、僕の現実化する力が弱まっているような気がしています。


そんな立派な人間でもないのに応援してもらったり、交換してもらえていたことが奇跡なのかもしれませんね。いや、奇跡なのでしょう。今回の移動に向けて、今のところはまだ不安は抱いていません。期限が迫るとどうなるかはわかりませんが。交換を求めて断られることを、嫌われることを怖れている自分がいるのは確かです。それでもご縁とタイミングを信頼して動けるかどうか。機会に問われていますね。


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 そんな移動を経て、竹原に戻ったら何をして過ごしましょうか。いつも通り部屋の掃除と墓参りと、両親との時間や顔馴染みの店に顔を出したり。友人たちともタイミングが合うといいな。家の近くを散歩したり、手伝える現場があれば現場に出たり。海にも行きたいですね。そうやって久しぶりの竹原での時間を満喫できると嬉しいです。一ヶ月くらいは、短くても二週ほどは居ることになるのだと思います。


広島市内にも顔出して、次男に逢ったり、友人たちとも再会できると嬉しいです。タイミングが合えばサンフレ観戦も。平日の夜ならばチケットが余っていたりしないかな。ACLだと余裕だったのに、間に合いませんでした。あと、市内でもうろうろと歩き回りたいな。新しくなった駅を眺めたり、顔馴染みの店に顔を出したり、いってみたいお店に突撃してみたり。


そうやって自分は旅を通じて、変わらないものと変わっていくものを眺めているのだと思います。無くなったり変わっていくと寂しいけれど、可能な限り在りし日の風景を写真に切り取って。そこにあったものを記憶と共に記録すること。それが僕の、写真家としての活動のひとつのようです。カメラが壊れてからはスマホで撮り続けていますが、その時までには手の中に再びEーPM2がありますように。


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 そういえばちょうど昨日、気が枯れてしまったのかも、と思う節がありました。昨年末の早寝し始めた頃から、暮らすことを頑張りすぎたのかもしれません。続けてゆくためには頑張りは不要で、ごく自然に行えるようにならないと継続はできないのだと思っています。自分の中にまだまだ、アクセルを踏んでしまう習慣があるのでしょう。自分でも気づけないうちにグイッと。


きっと、今の自分のままでうまくいくのだと思います。何者かに為ることは実は不要で。頑張りも努力も、苦労も我慢も不要で。それらを心から愉しめている人はそのまま続けた方がよいとは思いますが。これまで生きてきた中で得た習慣や思い込みを手放すのは簡単ではないですね。けれども、それでも手放す必要が今はあるようです。今の自分に合った、うまくいく方法は必ずあるのだと思うので。


痛みなくして成長はない、という時代を長らく生きてきました。そして、愉しむことで成長する時代へと切り替わってから何年も経ちました。心が躍ること、魂が歓ぶことを選ぶ必要があってもつい、古い習慣や思い込みが出てきてしまいます。それが自分よりも若い世代に見えた時、とても申し訳ない気持ちになるのです。自分たちが呪いを強めてしまっている、と。始まりは善意だったはずなのに。


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 さてさて。生きていると色んなことがありますね。まだまだ48年間、されど48年間生きてきた中で色んな学びを得て、結局自分は何も知らないのだなということが何となくわかってきました。体験を経た分、知っていることはいくらかあります。けれども、この世界の中で自分が知っていることなんてほんのちょっとのこと。飛行機から見える地上の、ひとつの光にも満たないものです。


それでも生きてゆく必要があるから生きています。この人生の中で体験したことがあるはずなので。幸い今は、自分には生きる価値がない、という想いは消えました。そのおかげか、毎朝の瞑想の中で第一チャクラは安定しているように思います。今はハートチャクラが開こうとしているようで、毎朝少しずつの広がりを感じています。あくまで自分の感覚なので、それが事実かどうかはわかりませんが。


何にせよ、心から笑える世界が広がるといいなと思うのです。まずは自分の、自分らの。そして、自分らという感覚を広げていって。気の置けない人たちと過ごす何でもない時間は、僕にとっての豊さを感じる時間のひとつです。特に、一緒にごはんを作りながらお酒を呑み対話している時間に。あなたにとっての、豊さを感じられる時間はどんな時間ですか?また聴かせてもらえる日を愉しみにしておきます。




二〇二六年二月一一日

小林 豊





2026/01/27 MORIOKA / IWATE / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi




2026/01/31 HANAMAKI / IWATE / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi




2026/01/31 MORIOKA / IWATE / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi






おわり




” 「 歩く速さで 」では、小林豊の現在地から届ける友人への便り、として言葉を綴っています。二十四節気の暦に沿ってお届けできたらと。そんな便りの中で僕の、日々の些細な出来事を通じた気づきを貴方に共有させてください。それが結果的に、互いが生きる日々にとって、より佳きものになれば幸いです。”




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