ブレーキを携える。| 歩く速さで #047 – 2026.01.12



Ver.1.0.0



– 現在地からの、友への便り。-






– ブレーキを携える –


小寒 二〇二六年一月五日〜一月十九日




寒中お見舞い申し上げます。


 変わらず元気にしていますか?僕はそのまま盛岡で過ごしています。寒の入りし、寒い日々が続いていますが、元気に過ごしています。年末からの早寝早起きはまだ続いていまして。そのおかげもあってか、心に余白のある日々を過ごすことができています。おかげさまで一日が過ぎるのがあっという間なのですが。そこは年を重ねたからでもあるのかな。何にせよ、よき日々を過ごすことができています。


一昨日、昨日は雨が降りました。一昨年の十二月の雨にも驚きましたが、今季は寒の入りしても雨が降るなんて。気候のことはよくわからない身でありながらも、不思議な気分になってしまいます。雨が降れば雪かきしなくていいから楽である、といえばそうなのですが。雪の季節に雪が降るのには意味もあるのだろうし、それに合わせて人の暮らしも成り立っているだろうから。とはいえ、冬の雨もあるのでしょう。


そんなことを思っていたら、今朝は雪がしっかり積もっていました。車から雪を下ろすだけでも時間がかかるほどに。一昨日からの雨が全部雪だったら、とても大変だったはず。結局は、最適な状況だったということなのでしょう。明日も雪らしいので、冬らしくなりそうです。そう考えると雨は、とてもありがたいことだったのですね、僕にとっては。最適な出来事が最適なタイミングで訪れる、ということですか。


*


 先日の、早寝早起きが21日目を迎えた頃に、大きな気づきがありました。その昔、新しいことを習慣化させるには21日間続けること、と教えてもらったのです。最長でも66日間で脳が慣れるとも。それなので、何か変えたいことや覚えたいものがあれば21日から66日続ければいいと、素直に考えています。十年以上経っているので、その情報も変わっているかもしれませんが。


とりあえず、早寝早起きも習慣化するであろう期間に突入したのですが、早寝早起きのことはさておき、ふと思ったのが、「 同じことを何度も言わせんで 」というフレーズのこと。僕は同じことを何度も言わされるのが嫌いで、短期間であればとても腹が立ってしまいます。特に身内に対して。これもきっと、自分はわかってもらえない、という欲求のズレからきているのだと思うのですが。


最近でも三男に、時折妻に言うことがあるこの言葉ですが、習慣化の日数を考えると最低でも21日間は伝え続けなければダメじゃん、と思いました。自分の考え方と言動の矛盾を発見したのですが、それに気がついてから同じことを言うことに腹が立ちにくくなりました。人は単純なものですね。最低21日、長くて66日言い続ければ習慣化するし、それでも出来なければ、僕の伝え方に問題があるのでしょう。


*


 そんな風に、うまくいかないやり方を続けてきたことが、他にもたくさんあるのだろうなと、最近よく思います。うまくいかなかったことだらけの人生なので。近いところでは、昨年は全く、移動手段を受け取ることができませんでした。それ以前に、家に入れるための現金を得ることもできなくて。これまでどうやって受け取っていたのか、今となっては思い出すこともできません。


今、2014年の夏頃のブログを修正しておりまして。WordPress に移行した時の名残りがそのままで、今になってやっと手をつけているところです。その流れで記事を読むことが続き、当時の記憶が甦っています。ほんと、人に助けられながら生きてきたんだなぁと。自分ひとりで成し遂げたことなんてなく、いつも誰かに応援してもらい、助けてもらいながら前に進んでいました。


あの頃に比べて今は、どこかズレているのでしょうね、本来の自分から。もしくは役目が変わったのか。何にせよ、独りよがりになったことはうまくいかない人生でした。これからもそうなのでしょう、きっと。自分の想いも大切にしつつ、人と関わり、人の言葉に耳を傾け、他者とも自分とも対話をして。そうやって醸されたことを実行して、また修正して。ふり返ると、僕はそうやってカタチにしてきました。


*


 人との関わりに疲れてしまったのも事実です。自分できちんと線引きができず、相手との境界が曖昧なまま、ズルズルと進んでしまったところもありました。目の前のことに必死で、動けば動くほど受け取れなくなり、受け取れり続ける流れの中で自分を抑え込んで。23年の秋頃から、自分の中の葛藤が大きくなって動けない時もありました。自分の中の音も聴こえなくなってしまって。24年の秋頃からもまた。


25年の立春過ぎに竹原の家に戻り、別府での日々を経てから去年の春に盛岡に戻って以来、三男の肌の療養を第一に過ごしてきました。けれどもそれは、僕自身の心の療養でもあったのでしょう。とにかく盛岡では、今の自分にできることを淡々と続けてきました。途中に何度か旅立とうとしても、移動手段も現金も得ることもできなくて。妻や義父母のおかげで生きることができています。


それでも最近はまた瞑想ができるようになり、また自分を整えやすくなりました。今は自分の中の澱みを手放しつつ、また前に進むための準備をひとつ一つ進めています。また一から、厳密には一にはならないけど、またそこから始めるしかないことも理解できました。とはいえ、きっとたくさんの何かがあるのだとは思います。これまで生きてきた分は。けれども、今の自分には認識できていません。


*


 さてさて。三が日の夜にやりたいことを書き出す時間をとって、妻と三男とそれぞれが書き出しました。僕はひとまず、50個のところで止まっています。そこからまた追加で頭の中には浮かんでいますが、まだ書き足すには至っていません。自分としては立春頃までに書き出せるといいなと。自分の音が聴こえなくなった時のことを思うと、こんな風に今はやりたいことが浮かんでくれて、とても嬉しいです。


音が聴こえないのは本当に辛かったです。凪ではなく無音の状態で。2023年の秋以前から苦しかったんだなと、時が経った今ではわかります。けれども、その時には全然わかっていなくて。後ろ向きな気持ちと仲良くと言いつつ、目を逸らしていたのかもしれません。耐性だけはついているので、苦しみに鈍感でもありますし。「 もう苦行は不要じゃない? 」と言ってもらったことが、改めて身に染みます。


恩を返すこと、人の役に立つこと、そして現金を稼ぐことに執着してしまっていたのかな。必要とされることは純粋に嬉しかったですし。今となってはそれも、よき体験のひとつです。立ち止まったおかげで、次の時代に向けてアクセルを手放し、ブレーキを使いながら生きてゆく準備が整ってきました。何にせよ、止まる必要があったということです。これも、来月のはじまりの日に向けての準備なのですかね。




二〇二六年一月十二日

小林 豊





2025/12/31 MORIOKA / IWATE / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi




2026/01/06 MORIOKA / IWATE / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi




2026/01/07 MORIOKA / IWATE / JAPAN
Photo by Yutaka Kobayashi






おわり




” 「 歩く速さで 」では、小林豊の現在地から届ける友人への便り、として言葉を綴っています。二十四節気の暦に沿ってお届けできたらと。そんな便りの中で僕の、日々の些細な出来事を通じた気づきを貴方に共有させてください。それが結果的に、互いが生きる日々にとって、より佳きものになれば幸いです。”




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スキナコトヲ
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