帰り道の小さな冒険。【1枚の写真とひとつの物語 】#3



– 一枚の写真から綴られる、ひとつの旅の物語 –


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ここは、小学校の帰り道によく歩いた道。


別に小学校が高台にあった訳ではない。普通に道を歩いて、普通と言っても通学路は伝統的建造物群として保存されている地区の古い建物が建ち並ぶ通りなのだが、子供心にはこの眺めが当たり前すぎて、良さを理解することができなかった。そんな、小6の僕らにとって当たり前となったに道を当たり前に歩いて帰るのが何となく嫌で、毎日、ほぼ同じメンツでほんの少し遠まわりをしながら帰っていた。


当時の僕らは、毎日の中に冒険を求めていたのかもしれない。




小学校を出て少し歩いたところの、車がちょうど1台通れる程度の道沿いにある児玉米店、ここは同級生の女の子の家で、母方の祖母の実家の家系の遠縁になる家でもある。その児玉米店の建物に向かって左に、コンクリートで塗り固められた大きめの階段というか道があり、そこから裏側の山に登ることができる。そこが僕らの帰宅路が他の人たちと別れる、小さな冒険のはじまりの場所だ。


まずはその道から山に登って進んでいくと、どんどん竹やぶに包まれた山の中に向かって進めるのだが、僕らは道なりに進むのではなく、最初の分かれ道の緑色のフェンスのある細い道を左に曲がって、その細い道をお寺に向かって進んでいく。すぐ右手には竹を中心とした緑が手に触れられる位置にあって、そこからは通学路に並ぶ家の屋根が見えていて、なんとなく竹原の町を見渡すことができた。

その細い道を少し進むと長生寺というお寺に出る。実はこのお寺、当たり前の通学路をそのまま歩いていくと、右手に階段が現れ、その階段から簡単に行くことができるお寺。その長生寺の境内を抜けて、通学路に戻る階段には目もくれず、そのまま真っすぐ墓のある方に向かうと階段がある。その階段を登り墓の間を歩いていくと、いつの間にか西方寺になっているのだが、もう少し歩くと一旦墓が終わり、高台の開けたところに出る。そこには普明閣という建物がある。


いつの間にか建て替えられキレイになったその赤い建物は、戦国時代にこの辺りを統治していた小早川隆景が清水の舞台を真似て造った小さな舞台があり、そこから眺める竹原の景色が好きだ。それは小学生の頃から変わらず、40 歳を目前とした今でも帰郷し墓参りに来れば必ず、そこに座り込んで竹原の町を眺める。でも実は、この普明閣の上から町を眺めるのが1番好きで、まちづくりのことに悩んだ時によく、そこから町を眺めて、缶コーヒーと当時吸っていた煙草を吸いながら自分といろいろダイアログしていた。


ここには観光案内を聴くためのボタンが設置してあって、そのインターホンが主流になる前に玄関のチャイムの茶色いものを活用したボタンを押すと、この普明閣の案内が流れ始める。そのボタンを誰かが押すことも日課であり、先に書いた「 小早川隆景が清水の舞台を真似て造った 」のくだりは、その案内を聴いたことで耳に染み付いたもの。ただ、全部を聴いたことはなく、基本的にその前半のさわり部分のみで僕らはいつも、その高台から下りる階段を下っていった。

その階段を下りながら、自分たちの家がある方向を眺める。町並み保存地区の古い瓦屋根がすぐ近くに並んで、遠くには地元で一番高い山、朝日山が見える。今この階段を歩くと、当時とはまた違った景色が並んでいるのだが、ランドセルを背負い僕らはその階段をいつも下りていった。


そしてたどり着くのが西方寺の境内。当時、お寺に対しては何の感慨も無く、ただ帰り道として通過させてもらっているだけ。生まれてこの方、毎年参加してきた葬式や法事でお坊さんやお経に触れる機会は多かったのだが、それはそれで良しということで。その境内に下りてから山門をくぐると、この写真の景色になる。ちなみに、敷居を踏むことはいけないこと、ということは身に付いていたらしく、敷居はまたいでから山門をくぐり、階段の前に出た。

この階段は「 時をかける少女 」の撮影で使われたのだが、主人公か誰かがこの階段を登って、その先に家がある、という設定が不思議で仕方なかったことを、おぼろげに覚えている。僕らはこの階段を降りるのではなくて、右側の手すりの向こうにある石で組まれた、雨が降ると山からの水が流れる排水を下って、町並み保存センターに下りていくのが日課で、この町並み保存センターをでると、通常の通学路に戻ることになる。素直にその道に戻る時もあれば、町並み保存センターで宿題をして帰るという、未練たっぷりの行動に出る時もあった。


今ふり返ると、決して家が嫌いな訳ではなかった。理由があるとすれば、この小さな冒険が終わるのが嫌だったのではないか、と思う。今でもまだ、ひとつの街での旅人生活が終わるのは寂しいと思うが、終わりがあるからこその喜びもある、そいう思考もいつの間にか生まれたらしい。12 才の自分と 38 才の自分。変わらないところと変わってしまったところと、比べてみるとそんな自分が今、存在していた。




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