ダイアログを極める。



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空と太陽


昨日投稿した、クリックするとリンクに飛びます ユパ様というメンター【旅人から見える世界】#9。実は今年の JAPAN TOUR 2015 からずっと下書きしていた文章で、ある部分がなかなか書けず、それでずっとそのままになっていました。ある部分というのは、「 2. 腐海辺境一の剣豪でありながら、争いを好まない人格者で人望も厚い人 」のところの文章。箇条書きで言葉を書いていたまま、そのまままとめることが出来ずに4~5ヶ月経ちました。

昨日投稿するにあたって、その書けなかった部分がやっと書けたのですが、ダイアログを極める、というものすごく漠然とした言葉が自分の中から湧いてきました。下書きにはファシリテーションを書いてあったのだけど、僕の中ではダイアログを行うために必要な要素のひとつ、ということだったようです。ファシリテーションを毎日のスタンスとして人と関わり、その毎日の中で自分の素の部分に触れ、それを言葉にしていく、それがダイアログを行うために必要なことだと今なら思えます。


結果、ダイアログを極めたからといって、権威や地位などは全く必要なく、ダイアログを行うことと同じように、人と対等に関わっていきたい、そんな想いが今はあります。昔憧れた偉い人になることに対して、どうしてこんなに興味がわかないのか、そんな自分のまだ見えてない部分もありますが、子供からお年寄りまで心から笑っていて、相互に尊敬し合いながら必要に応じて協力し合える、そんなコミュニティにはダイアログは必要不可欠だ、ということはわかっています。

僕は今の生活を続けながら、そういうダイアログで自分や人の本音にふれる体験をさせてもらっているので、それを必要としてる人に還元したいだけであって、僕が体験していないもので僕に必要なことはまた、まわりの仲間から価値を受け取りながら生きています。必要としていない人には全く価値がないうえに認識することも出来ない、僕はそんな無形なものをカタチにして必要としてくれる人に手渡していく、そんな人生を送れるといいなと思います。


木漏れ日


今、実は、交換のお願いを個別に連絡させてもらっています。先週からはじめたことで、旅人生活をしている中で初めての試みです。僕の中で、受けとる、ということ、巡らせる、ということの意味合いがまた少し変わってきたのだと思います。世界の絶妙な均衡を信頼して、僕らが与えられているタイミングも信頼して、巡らせるということに1歩、足を踏み出してみることにしました。

交換のお願いする連絡に対しての反応は様々で、ふたつ返事で交換してくれる人もいれば、ストレートに断ってくれる人も、今は忙しくて読めないからまた読むから、と連絡をくれる人も、金が欲しいなら、こうすれば、とアドバイス的なことを言ってくれる人も、そのままの人も。実に多様な反応をいただけて、とても興味深いな、と思っています。そして、これもダイアログだなと。


このやりとりを通じて僕はまた自分を知ることが出来るし、それが相手にとっても意味を見出せるものであればいいなと思います。この広い世界の中で出逢ったということを信頼して、お互いの間にある学びを得ること、それが、縁、というものだと私は思っていますので、そのための1歩を踏み出すということをやってみることにしました。嫌がられて避けられはじめることもあるでしょうが、それも含めて、縁、というものでしょうし。

返信をいただけない人の内面にもいろいろな想いがあるのでしょうね。そもそも僕のやっていることに興味がない人もいれば、忙しくて読む暇もない人もいるでしょう。あと、僕の活動や生活に対して怒りや否定的な感情を持っている人もいるでしょうし、どうやって断ろうかと考えている人もいれば、交換するなら何がいいかなぁ、と考えてる人もいるでしょう。そんな風に人のいろんな想いや価値観、が今なら多様に想像することが出来るので、またこのあと、どんな想いが巡っていくのか楽しみな部分が多いです。


実は僕、断られた時に、お前には価値がない、って言われてるようで、こちらから提案するのが昔から怖かったのです。それに一時、僕は物乞いなのか、と自分を蔑む頃もあったりして、価値と価値との交換、を続けることによって、自分の中にある今まで目を向けることが出来なかった自分に出逢うことが出来ました。

そこに目を向けられるようになるまでは、確実に届くメッセージじゃないと発しない、後手のコミュニケーションを今までとってきた、ということですら気がつかなかったし、自分自身が傷つかないように、無意識にかなり確率の高いコミュニケーションばかりを選んできたようです。


葉と陽の光


さて、今回の投稿のタイトルであり、本題の、ダイアログを極める、ということに話を戻します。率直にいうと、どうすれば極めることが出来るのか、今の僕にはわかっていません。なんとなく頭に浮かんだ、そんな言葉なので、具体的なことは全然わかっていません。

とはいっても、もう少し具体的に知りたいので「 どうすれば、ダイアログを極めることができるのか? 」そんな質問を自分に投げかけてみました。すると、「 突飛なことではなく基本を積み重ねる。」と、槍や剣の鍛錬をする昔の武将の姿が頭に浮んできました。毎日毎日、基本の鍛錬を繰り返して、基本動作のみですべての相手を倒していく、そんな姿です。


僕は旅をする生活の中で毎日、面識がある人や初めましての人とダイアログをする機会があります。人とのダイアログを通じて僕はいつも、自分とのダイアログをする機会をもらっています。なので、知らない自分を知る機会が毎日あって、微笑ましくなるような小さな気づきや、はっとするような大きな気づきまで、その日その日で知る自分もとても多様です。

それと、ダイアログのススメ、というダイアログを学び合うコミュニティの中で毎週、ダイアログについての資料を書いています。それを積み重ねてきたことで少しずつ、ほんと少しずつではありますが、ダイアログに関する理解が深まってきた、自分でもそんな風に感じるのです。


あと、11/14()・15() に大阪で、1/16()・17() に東京で、ダイアログの場のつくり方、のワークショップを開催します。今のところ定員8名で2ヶ月に1度開催していくつもりで、来年の 10 月には、自分ファシリテーション、のワークショップをひさしぶりに開催します。自分で自分を促すために必要なこと、それをダイアログを通じて学べる、そんな場です。

どちらのワークショップも再受講の方がたくさん集る、何度行っても学びがあって、行く度に学びの深さや広さ、それと視点の変わる場を目指しています。ダイアログでダイアログを学び合う、そんな環境をつくることでまた、僕自身深めることが出来るでしょうし、それをまた他の人に手渡すことが出来るようになれば、自分の中でのダイアログという存在がより深いものになっていく、そんな風に思います。


相変わらず手探りな、そんな状況が続いているわけですが、それもまたダイアログを経て何かに気づくこともあるでしょうし、また何か生み出すことになるのかもしれません。そこは自分の持っていると問いを信頼して、判断を保留しながら、いろんな場に関わってみることを積み重ねていきたいです。

ファシリテーションは僕にとってスタンスなのですが、今回の気づきからすると、ダイアログも同じく、僕にとってのスタンスなのかもしれませんね。探求すること、発見すること、そんなダイアログな在り方で毎日を過ごせれば、日常の些細なことからいくらでも気づきを得ることが出来る、そんな確信がしてなりません。


ぜひ一緒に、ダイアログのある暮らし、はじめましよう。


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